写真でつづる益子一人旅〈2〉民宿編

どんな所に泊ろうかとネットで調べて最後に候補に残った民宿2軒のうち、益子の町からは少し離れた山里の宿に決めました。
ネットに広告もなければ、ここに泊りましたというブログもヒットしないという民宿。一体どんな宿だろうと一抹の不安はありましたが、とにかく泊れてご飯が食べられれば良しとしました。

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いい感じ!
私一人なのに、通されたのは離れ。4畳半と8畳の和室、浴室、トイレ(ウォッシュレット)、洗面所。台所があれば立派な一軒家でした。
棟方志功、山下清が飾ってありました。

400-民宿

窓からの眺めです。 夜はカエル、朝は鶯。
母屋の屋根の向こうに見えるのは遅咲きの桜です。
「お客さんが窓を全開にするから、花びらがいっぱい入って来て掃除が大変!」
と笑っていらっしゃいました。

大きなお盆で運ばれてきた夕食とあったかご飯の入った炊飯器は玄関にドンと置いて行かれます。
炬燵に入って、テレビで「なんでも鑑定団」を見ながらの一人ごはん。

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一泊目の朝は少し早起きして近所をお散歩。

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散歩のあとに用意されていたのは、

400-朝食

帰るのが勿体なくなってしまって、連泊することにしました。
一泊二食付き 6000円、素泊まり 3500円です。

「お客さんが、『こんなの買って来たっ』て(やきものを)見せてくれるのよ。私は目が肥えてるわけじゃないけど、益子で70年もいろいろ見てると、少しはわかるようになるのよ。な~んとも言えなくてねぇ。『いいでしょ!安かったんだよ』って言ったって、そりゃ値段の割にはね(笑) ついほんとの事言っちゃって、『あれはショックだった』ってあとで言われてから、正直に言わない事にしてるの。」って。
私も買ったものを見せたけど、な~んにも言われなかったから、どんな風に思われてたんだろ?^^

70年も益子焼を見てこられたということはおいくつかな?
「子どもが継ぎたいって言ったけど、これだけじゃやっていけない。子育てにはお金がかかるし、若い人は遊びたいだろうし。宣伝すればお客さんもっと来るって言われるけどね、これでいいの。」

私一人分の食事の支度は大変だろうと思い、二泊目は素泊まりにしました。

庭には花木や山野草がいっぱい!
今年は雪が多かったそうで、八重桜の木が根元から折れたまま花を咲かせていました。
「帰る時にあの枝を少しいただけませんか?」
とお願いしておいたら、精算時には剪定鋏と水を入れた大きな瓶を用意して待っていてくれました。
私が枝を選ぶ間、おばあちゃんは桜の花を摘んでいらっしゃいました。梅酢漬けにして、羊羹の上に載せるんですって。ああ、そんな生活、好きだなぁ。

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おばあちゃんがお元気なうちに何回でも利用させていただきたい民宿でした。

写真でつづる益子一人旅 〈1〉 益子参考館

益子には1時半頃着きました。
お腹ペコペコ!
彼との旅行の時は定休日で残念だったCafe Fune(カフェ フーネ)へ。

400-niwa

「緑の風の音を感じながら召し上がっていただきたい」とHPに書いてあります。
フーネってもしかしたら風音の音読み?

funeテラス

お席からはこんな眺め。
大きなテーブルの端っこでいただきました。お隣りは、スーツでバシッと決めた男性6人組。陶器市前のビジネスでいらっしゃったのかな?

運転で疲れていたので、まずコーヒー。

funeコーヒー



サラダ

funeサラダ


鳥もも肉のソテーバルサミコソース
三種類のオードブル
パン・スープ(蕪)

funeランチ


これから始まるワクワクの予感を感じながら、ゆっくりと味わっていただきました。

そしていよいよ一番楽しみにしていた「濱田庄司記念 益子参考館」へ。

ここは、陶芸家 濱田庄司が自ら参考とした品々を、広く一般の人々にも「参考」にしてほしいとの意図のもとに開設された美術館です。

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前回来た時は、震災で建物が被災して閉館だったのですが、ようやく修理も完了し、今春3月23日から全館公開されたのです。
商業目的でなければ写真撮影OKということだったので、沢山撮りました。ところがなんと作品を撮ってない!なんとなく、美術館では撮影NGって沁みついているんでしょうね(苦笑)
濱田庄司の作品は、圧倒的な存在感でした。
そして、子どもの心を感じました。無心に遊んでいる素直さ、無邪気さみたいなもの・・・邪心がないのですね、きっと。

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日本や中国、朝鮮、台湾などアジアの蒐集品を展示している3号館。
私が映ってます(´∀`*)
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「上ん台(うえんだい)」と呼ばれた濱田庄司の別邸。

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工房

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登り窯

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登り窯の傍で寝ていた猫ちゃんです。
でれ~っと切り株に吸いつくように寝ていました。
この場の雰囲気にマッチしていて微笑ましかった。

今は準備期間



二日間の雨風で桜ももうおしまいですね。
毎朝 孫を迎えに行く時に桜の並木道を通ります。
上は咲いている桜、下は散った桜、そして濡れたアスファルトがトンネルの桜色を映して、ほわ~んとした世界が広がります。その中に入って行く時、体が桜色に溶けてしまいそうです。


一昨日、タイヤの空気が見た目にもわかる位抜けていることに気付きました。
あれ~?もう、タイヤ、ダメになっちゃたかも。
車の事は全然わかりません。
いつもガソリンスタンドの言うなりになって高い支払いをしては、それが妥当だったかどうかもわからないので、知り合いのスタンドに行く事にしました。
ここのオーナーは、夫の会社が倒産し、その後離婚した頃をご存じで、
「あなたは苦労したね。よく頑張ったね。」
みたいな事を会うたびに言われます。
もう30年近く前の事、ちょっと鬱陶しくて普段は敬遠しているのですが、いざという時はやはり信頼できます。

途中、信号待ちをしながらふと横を見ると、空き地がつくしで埋め尽くされていました。
私は子どもの頃からつくし好きで、つくしの林をみつけるとはしゃぎます。
車を停めて、少し歩く事にしました。


川沿いの桜がハラハラ散って、川面も桜色。
道行く人々が、「あら、きれい」と思わず立ち止っていました。


ここで写真を撮っていたら、カメラを提げた男性と目が合いました。
「わ~!先生!」
次男の中学の時の先生です。
高校を半年で中退してフラフラしている反抗的な子を、どうしたらいいのか困り果てていた私の相談に乗ってくださった先生です。
困っている時はみんなアドバイスをしてくれるのですが、その対処法はそれはもうあらゆる方向を向いていてバラバラです。親切心ではあるのでしょうが、よく知らないまま、無責任なのだから仕方がありません。
そんな時、在学中から面倒を見ていただいて次男の様子を理解して下さっている先生の助言はありがたかったです。

その先生もお年を召しました。
毎日カメラを持って散歩し、夕方になると公園に住みついている野良猫に餌をやるのを楽しみにしていらっしゃるんだそうです。

丁度、自分の老いについて思い巡らしている時にお会いしたので、そんなことを少しお話しました。
あと3年すれば孫は小学校へ。保育園の送迎はなくなります。
友達の少ない私は、老いの孤独を迎えるでしょう。
先生は「今、準備期間だな」と仰いました。

再婚した夫を見送って、腑抜けになって、なんとか立ち直って、あれよあれよという間に60才。
漠然となんとかなると思っているけれど、それじゃいけないんじゃないかな。
3年後、5年後の自分をシュミレーションして、準備しなくては。

タイヤは釘がささっていたんだそうです。
もっと空気が抜けるとタイヤ交換になるところでした。
サービスで洗車もしてくださいました。

花見のはしご

桜が満開なので、どこかへ出掛けなくっちゃ~という気分になります。

桜が咲かない季節の出先で桜の木を見つけては
「桜が咲いたらここに来よう~!」と思うのですが、
「え~っと何処だったかしら?」と肝心な時に思い出せません。
そうだ!Shoさんのお墓にお参りした時に、近くのグリーンロードにまた来ようと思ったんだ。

花見の前に今日もShoさんのお墓へ行って来ました。
Shoさんとは、一緒にギターを習い、同じ写真教室に通っていた仲です。
Shoさんちのお墓は古くて広く、前回芽を出していた水仙が、今日はちょうどいい感じに咲いていました。
その根元に、ギターを弾いているふくろうさんを置いて来ました。

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グリーンロードは綺麗だったけれど、人が多過ぎて 私のイメージとちょっと違っていたので、またまた想いを巡らし・・・

東村山市にあるハンセン病療養所の国立多摩全生園へ行きました。
昔、療養所とは名ばかりの強制隔離施設だったところです。
辛い人生を送られたハンセン病の患者さんが今も暮らしていらっしゃいます。
木造平屋の長屋のような寮が並んでいますが、その多くはもう空家になって、生活感のある家が少ないのは、多くの方がここで生涯を閉じられたことを想像し、淋しく辛く申し訳ない気持ちになります。

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園内は何箇所か工事中で、大好きだった一角が変わっていて少しがっかり。
患者さんの高齢化でここも様変わりしてゆくのですね。

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駐車場が4時半には閉まってしまうということで、あまりゆっくりできなかったので、もう一度行こうと思います。

だるま市と霊園をグルグル

修理が終わった一眼レフが宅急便で届きました。
嬉しくて、図面に判らない所があって問い合わせないと進められないのを良い事に、カメラを持って出掛けました。
お得意さんの会社の駐車場に車を停めさせて貰って、歩いて近くのお寺のだるま市へ。
ここの駐車場はやたら広くて、幹線道路とそれと平行な線路までの間、ず~っと全部会社の敷地なのです。

お寺に着いてびっくり!
境内にはだるま屋さんが7人、手持無沙汰そうにしています。お客さんが来そうな気配もありません。
着くなりだるま屋さんと雑談になり、お喋りしながら写真を撮らせて貰いました。
だるま屋さんのおじいちゃんはスマホで私を撮っていました。スマホの練習みたいでした。
20分程で、退散。
駐車場へ戻ると、仕事の担当者がトラックに材料を積みに戻った所へばったり会いました。
いつでも連絡が取れるように図面は助手席にあります。でも担当者が時間がないということで、せっかく会ったのに、午後連絡取ろうということに。
さあ、どこへ行こうかな。

4ヶ月前に亡くなった友人Shoのお墓参りに行こうと思いつきました。
彼は80歳で突然亡くなりました。
先日別れた元彼との縁はShoが作ってくれたのです。
だからという訳でもないですが、元彼に二股掛けられた時に、私はShoに辛い胸の内を聞いて貰ったのです。
Shoは元彼の事を「そんな男だとは思わなかった」と激しく非難しました。それが余りにもひどい言い方だったので、私はShoの言葉を素直に聞けずに、Shoを怒らせて、あきれさせて・・・そして私は元彼と復縁し・・・
月日は流れ、そのままShoは亡くなりました。

5年程前に、Sho家のお墓の草取り・植え木の剪定を手伝った事があって、場所は朧げながら覚えていました。
ところが行ってみると、広い広い霊園をいくらグルグル廻っても見つかりません。
「Shoちゃん、みよだよ。まだ怒ってるの?かくれんぼしないで出ておいで~。」と言いながら(誰もいないから大丈夫)歩き廻りました。
見つからないので諦めて管理事務所で場所を教えていただき
「Shoちゃんが言うように、別れたよ。」と報告して、黄色の金魚草とフリージアをお供えして来ました。

小平グリーンロード沿いにあるカフェ「ラグラス」でランチ。

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お店の前のグリーンロード(昔は水道道路と呼んでいたけど、今はそうは言わないのかな?)は桜並木です。咲いたらとっても素敵だろうな。その頃また来たいです。

「マディソン郡の橋」を見て

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金柑第3弾を煮ながら、映画「マディソン郡の橋」を観ました。

これは以前にも観た映画です。
いつ頃だったか調べたら1995年に沢山の賞を取っています。
1995年と言えば、子ども達は20才と19才。私が癌になった年です。
昔の恋を思い出します。
「こんな素晴らしい愛がこの世にあると知らない人がいる。それくらい美しい愛」だと思っていました。
そんな愛でも壊れてしまいました。

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あんなピュアな気持ちで人を愛した事もあったなぁ。
高校生の恋だと笑う人もいるかもしれないけれど、そんな経験を持っているだけでも幸せなことかもしれませんね。

その美しい愛の相手とは相手が違いますけど~(ノд・。)
akiちゃん(再婚した夫)の遺骨の大部分は最初の奥さんと一緒にお墓の中で眠って、私の手元では小さな骨壷に少し分けてもらったakiちゃんが眠っています。
子ども達には「私の骨はakiちゃんの骨と混ぜて散骨してね」と言ってあります。
この映画の影響ですね。
少女趣味だって笑われちゃうかなぁ。

結婚記念日

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2月19日あたりから、何かの記念日だったような親しみを感じていました。
なんだろう?
長男の誕生日は2月12日、次男は7月19日、他に何があったかなぁと思いながら「ま、いいか」。
今日は2月22日・・・思い出しました!
私の結婚記念日!!
2002年2月22日、忘れないようにと夫が選んだゴロの良い日です。
あ~思い出して良かった!

その日の朝、市役所で待ち合わせて一緒に婚姻届を出したのでした。
そして市役所の上の階のセルフサービスの食堂でランチを食べてバイバイしました。
夫はもっとちゃんとお祝いしたかったようで「つまらない」と不満を言っていましたが、私は「しょうがないでしょ。午後からエアコンの取付業者が来るの」と取り合いませんでした。

私の引越しを数日後に控えていました。
その日までは26才の次男との二人暮らしでした。
灯油のストーブを使っていたのですが、私が出て行ったあと、次男が灯油を買って自分でストーブに入れるとは到底思えなくて、第一危なっかしくて任せておけなくてエアコンを買ったのです。
「二人でこうやってご飯食べるのも最後だね」と言いながら晩御飯を食べたのを思い出します。
そして翌朝、「あなたが帰って来たら、かあちゃんは引っ越してもういないよ」と言って息子を送り出しました。
夫の家は手狭だったので、仕事関係のものと衣類だけの引越しで、箪笥もベットも電化製品もカーテンも、ほとんど置きっぱなしでしたけど、それでも次男はきっと淋しかっただろうなと思います。
可哀そうな事をしました。

赤いバラと白い百合をお墓に供えながら、そんな事を思い出しました。

クラフト見本市へ

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友人G子とクラフト見本市へ出掛けました。
会場は池袋、フランク・ロイド・ライトの設計による自由学園明日館(みょうにちかん)です。
木、漆、陶器、ガラス、鉄、布、皮、様々な日用品が展示販売されていました。
手作りの品々の味わい、ぬくもり、使い手への思いやり、夢、愛情・・・そんなもので溢れている会場巡りはワクワクのし通しでした。
コツコツと努力を重ねていらっしゃる作り手の皆さんを応援したくなります。

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ここに誘ってくれたG子には障害を持つ娘さんがいらっしゃいます。今回はこの夏出会った作家さんに木製の穴あきスプーンの製作をお願いしてしてあって、その品物の受け取りが目的でした。ラーメンの最後に残ったスープの中の具をすくう時なんかに使うために、コーンの粒より小さな穴があいたスプーンを注文してあったのです。
G子は以前から娘さんにとって使い勝手の良い道具をいろいろ探していました。高齢者社会になっているのに、いざ探してみると障害のある方の為の生活の道具ってなかなかないのですね。

なので、ささやかな応援の意味も込めて、ご紹介します。
スプーンを注文したのは 平岡クラフト工房 こんな感じのスプーンに穴があいていました。

箸
私は鉄木のお箸を買って来ました。












食器
最後まですくいやすく工夫されたお皿は岩手の方々の手仕事です。
素敵で、介護用とは思えません。
こんな器に盛り付けたらお料理もおいしくなりますよね。
障害者でもそんな楽しみを持ちたいですものね。









他に気に入ったのは


黒いずっしりとした鉄の壁掛け時計が気掛かりで・・・
我が家のダイニングには時計がなくて、いつも炊飯器のデジタル時計を見ているのです。
飯能ならドライブがてら行ってみたい。

ガラス工房 安土  向こうの景色がゆがむようなグラスがほしいのです。

土鍋で炊いたご飯もいいな。
土鍋の工房、どこだかわからなくなってしまいました。残念。

自由学園4
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