この間とは別の歯の歯茎が腫れて、また急遽歯医者の予約をとりました。
先生が夏休みに入られる直前ということで、朝しか空きがなく、前日は横浜の誰も住んでいない実家に泊まりました。
歯茎の腫れは大したことはありませんでしたが、一か所悪くなると、あっちもこっちもとドドドッと来そうで恐ろしいです。でもかろうじてまだ全部自分の歯で頑張っています。

実家では母の箪笥の中の整理をしました。
母は原色が好きで、それがまた似合う人でした。
結構オシャレな洋服が、きちんと整理されていました。
どうせほとんどが捨てるものだから、捨てる前にあれこれ着てみました。サイズはぴったりです。
それを着ていた頃の母の姿が鏡の中で明るく笑って見えます。まだ「老い」を感じない頃の母。今の私より少し若いかもしれません。
遺品の整理をしているのに、私の心は弾んでいました。
元気な母と、同い年の私が一緒に楽しい時間を過ごしていました。

ブラウスやスカーフを持ち帰りました。
カットワークや刺繍+レース使いの可愛くて素敵なブラウス。
父からのプレゼントかな。父は母の誕生日には必ず何かプレゼントをしていましたから。
少し黄ばんでいるけれど、クリーニング屋さんでなんとかなるかもしれません。

父が亡くなってから母は長野の弟宅に引き取られました。
私の再婚した夫が亡くなったあと、空き家になっていた実家にしばらく住んだ頃は、母は時々来ては2週間位一緒に過ごしました。
一人で新幹線に乗れなくなってからは、年に数回、私が迎えに行って暫く一緒に過ごしました。
段々認知症の症状が出るようになっても、普段の生活にはほとんど支障はありませんでしたが、最後の半年位はもう我が家に連れて来ることも難しくなっていました。

たまに会って、「またね」と別れる時、「もしかしたら これが母と会う最後になるかもしれない」と思いながらの(^^)/~~~バイバイを幾度となく重ねました。
そして次の時には「あ~、また会えたね」と心の中でホッとしました。
そうやって少しずつ別れを重ね、母の命は終わりを告げ、そして今、若くて華やいだ母とお喋りをする私。
今も母は私の中で少しずつ死んでいます。現在進行形です。

義妹は母の話をすると電話の向こうで涙をこぼしているようです。
どんな風にしても悔いは残ります。
でも長く苦しまず生きづらくなったこの世からスッといなくなれて、ママ(母をみんなこう呼びます)良かったねと思います。
「もうこんな生活いやだ~」とこぼしていましたから。

私の中で母が少しずつ死んでゆくという事は、私にとって幸せな事だと思います。

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